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阿部俊暢

宮城県仙台市出身。定禅寺通りのけやき並木と同じ1958年生まれ。2003年阿部代表とともに定禅寺ハーブギャラリーを開業。夢は世界中のハーブを集めたハーブ農場の開設。JAMHA認定ハーバルセラピスト、AEAJ認定アロマテラピーインストラクター。

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2014年9月18日 (木)

テキーラの国:メキシコはその複雑なスピリッツを考慮する(1)

ハーブ•アロマテラピーを学ぶ方のための海外ハーブ事情

第160回目の話題:“テキーラの国:メキシコはその複雑なスピリッツを考慮する(1)”です。前回の米国植物協議会  The American Botanical Council(通称「ABC」)の(ABC  HerbalEGram2014年7月号)のリンク記事の翻訳記事です。

http://cms.herbalgram.org/heg/volume11/July2014.html

Agave_americana_am

写真;フリー百科事典ウイキペデイアより

 

 ハリスコ州の西部のメキシコの町であるテキーラは、伝説的なスピリッツを生産する地域の中心である。どのようなテキーラのボトルも、この地域で栽培されたリュウゼツランのウェーバーブルー種から作られ、蒸留されなければならない。

 

リュウゼツランの原野はこの土地に青の色相を与え、経済とその伝統を定義する。

しかし、100%のブルーアガベのテキーラを作るために、正当なブルーアガベ一種を使用することは、受粉や開花なしに、植物のクローンを作ることによりなされる。その後、“非常に多くの世代についてこのことが行なわれ、リュウゼツランがより弱くなり、それらを保護するための唯一の方法が殺虫剤や除草剤の使用の増加によるものなってしまっています。”テキーラインターチェンジプロジェクトのデビッド·スロは教えてくれる。

 

このことと他の環境問題が、テキーラ、あるいはテキーラメーカーに存在しており、業界の将来が懸念されている。

 

スピリッツの隠された歴史

 

多くのテキーラのロイヤルファミリーメンバーのひとりである、Guillermo Erickson Sauzaは、私たちにテキーラ火山の北西斜面にあるテキーラの町の彼の125歳のテキーラ蒸留所の生産工程ツアーを提供している。彼の蒸留所や大小の他の数百の蒸留所は、ハリスコ州の州都でメキシコ第二の都市のグアダラハラ郊外およそ車で60分の丘や谷を埋めている。

 

彼の偉大なひいおじいさんのCenobio Sauzaは、16歳の時、1850年代のテキーラの町に着いた。その当時そこはブームタウンだった。多くの人がそこにテキーラ蒸留所を設立した。天然温泉水、さびた赤い火山性土壌、気候、全てが青いリュウゼツランの栽培についてこの領域を完璧にした。

 

Cenobioは1873年にテキーラのブラントSauzaを始め、それは1893年に米国に輸出された最初のテキーラであった。1893年にテキーラはシカゴ万国博覧会で出されたときに、Sauzaはセンセーションを引き起こした。その時この飲料は、ビノメスカルと呼ばれていた。

 

伝統的に、“テキーラはセメント労働者とレンガ職人の飲み物でした。”と、

ギジェルモは教えてくれた。Sauza自身の家族や、彼のような家族の結婚式やお祝いでは、テキーラではなくブランデーが出された。

 

- 1946年、ギジェルモの祖父ハビエルは、Sauzaを引き継ぎ、ゆっくりと、テキーラがメキシコのプレミア製品の一つになることを助けてきた。彼の家族に衝撃を与えた事件は、彼が警告なしに1976年に蒸留所を売却したことである。

 

年月を経て、家族はその小さな、古い蒸留所を持った。約10年前に、ハビエルの孫がテキーラに戻ることを決め、石の粉砕機を使用してスピリッツを熟成するのに長い時間をかける古い伝統的な方法で飲料を作り始めた。彼は、彼がLos Abuelosと呼び、またはメキシコでは「祖父母」と呼ばれている、彼の最初のブランドを出した。米国では、Los Abuelosは、「不屈の精神」を意味するフォルタレザの名で販売されている。

 

「アガベビジネスにはカジノビジネスである」

 

公式名称のテキーラを作るために使用することができる唯一の種類であるリュウゼツランの、ブルーアガベが成熟するためには5から8年かかる。リュウゼツラン栽培は、リスクにみちており、知識や管理を必要とする。

 

だから、リュウゼツランの栽培者とテキーラの生産者は、いつもはるか先を見ている必要がある。

 

“リュウゼツランビジネスはカジノビジネスです。”リュウゼツラン蒸留酒のための非営利団体および消費者支援団体であるテキーラインターチェンジプロジェクトの代表であるデビッド·スロは述べている。

 

ワインの生産者が、常に気候、天候、昆虫や土壌条件と格闘しているのと同様に、テキーラとリュウゼツランの生産者は同じくらい一生懸命働いている。しかし、1シーズンの成長とそれからの収穫の代わりに、彼らは、糖分量が収穫のために十分な高さになる前に、5年〜8年間、畑の手入れをする必要がある。

 

SuroはSiembra Azul.と呼ばれるテキーラも生産している。 “

それは、コーシャ認定です。"と彼は言う。 “有機認定を行なうメキシコの機関はありません。そのため、コーシャ認定は私たちがどのくらい注意深くテキーラを作っているのを証明するのに最も近いものです。"

 

テキーラ廃棄物

 

メキシコのビデオジャーナリストのロヘリオナバロは、グアダラハラは多くの点でメキシコのシリコンバレーであると言う。 “ここが私たちにとって非常に重要だということについて、テキーラ産業を電子産業と比較することができます。 "と、ナバロは述べている。つまり、このことは、テキーラがメキシコの経済の将来に大きな役割を果たす可能性が高いことを意味する。

 

伝統的にテキーラは世代から世代に渡されたメキシコのファミリービジネスであった。今ではそれは変化している。 "最大のテキーラ会社はもうメキシコではありません、それらは国際的に所有されています“と彼は言う。 ”テキーラは、多くの仕事とたくさんのお金を作り出しています。今彼等はちょうど中国へのテキーラの最初のパッケージを送っていて、中国で数百万リットルのテキーラを販売することを期待しています。"

 

ナバロは、テキーラはアルコールを意味するだけでなく - それはまた、文化を意味する-と指摘する。これは、観光、フィルムで、音楽、民族舞踊と関連付けられている。

 

テキーラ商工会議所とテキーラ規制協議会は現在、世界中のテキーラで何が起こっているのかに非常に注意を集中させている、とナバロは述べている。そして、彼らはテキーラの国で生産されたテキーラが、使用しているリュウゼツランと最終製品の量について実際にテキーラであることを確認する。彼らがテキーラとして生産しラベルを付けた何かが、実際のテキーラではなく、100%のブルーアガベでもないという問題が長い間メキシコの内と外の両方に存在している。

 

ナバロは、テキーラの生産をより有機的かつ持続可能なものにする取り組みのいくつかを、深刻な量の廃棄物を生産する産業であるとして、追跡している。

 

“セルロース廃棄物、またはバガスは、リュウゼツラン植物を調理し、それをチョップしてミルに入れると、残るものです。...彼らはこのすべての有機ゴミをどうするのでしょうか?"彼は言う。 “彼らはそれを堆肥しようとしていました。そしてあなたはリュウゼツランの産地に戻してそれを使用することが可能ですが、過去にはただ捨てることが簡単にできました。今、ブラジルの人たちが茎といっしょにするものが何であるかを決めた男がいます。そして、彼はマシンを買って、バガスを圧縮し、レンガを作り始め、ローストのための木炭と彼家のためのレンガとしてそれらの販売を始めました。"

 

カルロスカマレナは、第三世代の家族所有の蒸留酒製造業者で、メキシコで最も尊敬されているテキーラ製造者のひとりである。Tequila, Arandas and Atotonilcoは、リュウゼツランが繁栄し、卓越したテキーラが作られている、3つの主要な地域である。我々は、ハリスコ高地の彼のラアルテナ蒸留所に彼と一緒に巡礼の旅をする。 そこでは、彼が伝説的なテキーラのタパティオ、テキーラオーチョなどを製造している。

 

内側には石で作られた巨大な円形のピットがあり、その上に石のホイールがあった。”我々が見ているのはtahonaと呼ばれているものだ.”と彼は言う。

 

過去には、ホイールはラバによってまわされていた。石はリュウゼツランを押しつぶし、ジュースを絞り出す。 3年前、カルロスの父は、ホイールを引くためのラバをやめて、ジョンディアトラクターをそれらに置き換えた。Atotonilco近くの1時間ほど離れたTequila Siete Leguasは、ラバに引かれた巨大な石のホイールがアガベを粉砕する最後の蒸留所の一つである。

 

次世代のテキーラ

 

La Altenaで、カマレナはテキーラを作ることへの環境の影響について深く考えている。 “私たちは、夏が毎年より熱く熱くなり、冬はより寒くなっていることに気がついています。”と彼は言う。 “あまりにも多くの暑さは、植物を早く成長させますが、それにより土壌からすべての栄養素を吸収せず、糖度と酸味が高まらず、健全に発育しないのです。 "

 

そして、彼はテキーラ生産者が特別な困難に直面していると指摘した。なぜなら、これら何百万ガロンのテキーラを製造することに使用されるブルーアガベ植物は同じ母親からのクローンであるからである。長い間のモノカルチャーのこの農業スタイルは、続けていくためにより多くの殺虫剤や除草剤を必要とする。

 

約8年前、カマレナも蒸留所での残基の全てをごみとして捨てるかわりに処理することに興味を持った。その生産しているすべての有機材料で、リュウゼツランの産地に戻される有機肥料を作り始めた。そして、蒸留所は、それだけではなく、それを捨てるのに使用するすべての水をリサイクルし始めた。

 

カマレナは、グリーン産業としての認定を待っている。なぜなら、彼は、それらが汚染の影響がないことを確実にするために、ボイラーや蒸留器からの大気への排出量の削減を含め、“蒸留所”がテキーラ生産プロセスを通じて作り出すすべての局面での“残さ”を制御することに焦点を当てているからである。

 “もし私が世界を変えることを望むなら、あなた自身を変えることを始める必要があります。私たちの後に来る人のためにより良い惑星を残すためにおこなわなければならないことを、他の人々がおこないたいたくなるほど魅了的であるかどうか示す必要があります。”と彼は教えてくれた。

 

リュウゼツランの女神

 

カルメン ビジャレアルはテキーラ会社を運営している、メキシコでも数少ない女性の一人である。テキーラサンマティアスと呼ばれており、今できて127年である。ビジャレアルは、コロンブス以前の豊饒と母性の女神 Mayahuel、について我々に教えてくれた。彼女は、テキーラの守護聖人のようなものであり、多くの場合、200の乳房を持つように描かれている。

 

“私たちのリュウゼツランは赤ちゃんを持っています。“ ”通常、1つのリュウゼツランは、10人または12人の赤ちゃんを持つことができるので、生産性があることにかかわりがあります。"ビジャレアルは、国の成長と健康のために働く生産的で豊穣なテキーラ、Mayaguelの目を通してメキシコを見ている。

 

“メキシコは非常に貧しい国です”と彼女は言う。“テキーラは、国のための重要な収入です。たとえば、我々の醸造所はちっぽけな町に位置しており、実際にこの地域での仕事の唯一の供給源であるとされています。私が業界を見るところによれば、我々は我々の国に健康と機会をもたらすことができます。"

 

原文は以下を参照のこと

http://www.npr.org/blogs/thesalt/2014/06/24/323714694/tequila-nation-mexico-reckons-with-its-complicated-spirit

 

                       記 訳 阿部俊暢

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